search963

the Key to "INTUITION"

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

スポンサー広告 |

2012 ロンドン オリンピック

オリンピックのテレビ放送が、これでもかというほどの扇情的な国粋主義に陥っているのを目の当たりにして、太平洋戦争末期の日本の社会状況もこんな感じだったんだろうかという考えが頭をよぎった。
私が幼い頃は、そこまでニッポンニッポン五月蝿くなかった。日本だけでなく、外国の選手の活躍にもそれなりに時間を割いて注目していたように思う。現在がニッポン9:外国1なら、当時は日本6:外国4 くらいだったんじゃないか。
ま、肯定も否定もしませんが。そんなどうでもいいことに気がつきました。

エントロピー的な世界、カルマの法則、つまり、古いパラダイムにしがみついている人々は、新しいパラダイムへの橋渡しのための、捨石なのだと思う今日この頃。
それは、痛々しい犠牲ではなくて、むしろ、彼等にとって、最大の願望なのではないか。
ロードオブザリングのゴラムは、念願の指輪を手にしたのだ。マグマに落ちて行くときのゴラムはとても幸福そうだった。
古いパラダイムとともに生き埋めになる人々も、ゴラムと同じように、幸福でしょう。

幽閉者ブランキ伝

p.148
こういう精神状態はたしかに、進化というのは必然的な段階をへて緩慢に進むものだということへの無知を表わしている。しかし、歴史家や哲学者がずっと先の方にかろうじて見ているものを、すぐそこに、なんの苦労もなく見たいとあせる大衆に、いったい何が要求できよう。焦慮と落ちつきのなさも進化の要因ではないか。予定されたことが全部プログラムどおり成就するような、そういう熟慮した歩み、方法的な行動を人類に要求することはできない。
人生には決まった段階も安全な中継地点もない。それは動揺した不規則なもので、その宿命も限りなく複雑なものである。こうして1848年の共和主義者と社会主義者は、かちとった成果を維持し権力の主人として留まりたいという一心から、かえって革命劇の大づめを促進させてしまった。社会に注入した熱気によって、何世紀もの作業を一日で達成したいと思う痙攣的な精神状態によって、かえって終幕を早め、形式上の変化を不可避ならしめてしまった。
ただ彼らは、思慮のたりない生け贄として気前よく自分自身を犠牲にし、豪に死骸を横たえ、後に来る者の捨石になったのである。未来を準備したのである。



幽閉者ブランキ伝
未分類 | コメント:0 | トラックバック:0 |
<<ありのままを表現する | ホーム | 食べることは生命をいただくことなのか>>

コメント

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。